コンテンツ
ヘッダ

鈴木綾子のホームページ

新著「こころ鴇色(ときいろ)にそめて」を発刊しました。

ボディ
メインコンテンツ

カレンダー

<< July 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

記事

タイトル
タイトル
「はらぺこあおむし」孫のため手づくりしました!
記事本文

すずきあやこのてしごと💛

 

2歳になった孫がだいすきな「はらぺこあおむし」

「はらぺこあおむし」絵本を買って来て、フエルトで

   本と 同じように 作りました。

 あおむしでひもとおしの練習にしたのです。

 

   いま、まごは絵本をひらいて、フエルトで作ったのを、

  ほんの上に置いて遊んでいるようです。

 

 今までしたことのないこんな手しごとも、まごのためなら

    できるんです!

 ふしぎです。

 まごは おばあさんを進化させるのですね!

 

 あおむしがちょうになりました。 

   ちいさなポシェットにしました!

 

 

 

 

 

記事続き
タイトル
タイトル
人間 漱石の魅力を、書簡で知りました!
記事本文

2018.6.16日付 徳島新聞「読者の手紙」

 

 ✒「書簡に残る人間漱石の魅力」

              鈴木綾子

 

明治の文豪、夏目漱石がイギリス留学中に送った自筆

はがき3通が福井県で発見されたことを、5月24日付

徳島新聞で知りました。

 

「漱石全集(1917年刊行)」に紹介されていま

すが、現物の確認は約100年ぶりだそうです。 

 

宛先は、ドイツ文学者の藤代禎輔と国文学者の芳賀

矢一で、いずれも東京帝国大学に学び1900年9月

芳賀と藤代はドイツへ、漱石はロンドンに留学。

 

到着して1カ月も経たない11月21日付の藤代に宛てた

ロンドンの絵はがきには「天気ノ悪ニハ閉口シタヨ」

英語モ中々上手ニハナレナイ。僕ハ独リボツチデ淋

イヨ」と日本人学生が多いドイツをうらやむ心情が、

細かい文字で書かれ、もう1通はロンドンに遊びに

るよう誘っています。     

芳賀宛てのはがきは、留学中に亡くなった学友に対す

内容でした。

 

昨年私は東京早稲田にオープンした漱石山房記念館を

訪れ、手紙やはがき、絶筆となった「明暗」の草書

どを鑑賞しました。とくに心に残ったのは漱石の書簡

です。

「小生は人に手紙をかく事と人から手紙をもらふ事が

大すきである」と言う漱石は、人間が大好きだったの

だと思いました。

この3通のはがきからもそう感じます。

 

現存している約2500通の漱石の書簡からは、ありのま

の人間漱石の魅力を知ることができます。

(私の愛読書になっています)

 

記事続き
タイトル
タイトル
三島由紀夫「橋づくし」より、「ひょうたん島の橋づくし」はいかがでしょう!
記事本文

徳島新聞「読者の手紙」2018.5.18付

 

ひょうたんひょうたんひょうたん橋 ひょうたん島橋づくし満喫 橋ひょうたんひょうたんひょうたん

 

満月の夜、東京の銀座や築地を舞台に、4人の女性

が願掛けをしながら、七つの橋を渡る道のりを描い

た「橋づくし」という、短篇小説があります。

 

この三島由紀夫の小説にちなみ、徳島市のひょうたん

島に架かる橋を歩きながら文学碑を鑑賞する徳島ペン

クラブ主催の「ひょうたん島橋づくし」という催しが

ありました。

 

全国でも珍しいと言われる橋で、中前川町・南田宮・

出来島本町の三地区を結び、新町川と助任川に架かる

「三つ合橋」を出発。

 

佐古大橋から船場橋、仁心橋と橋の謂れを聞きながら

郷土文化会館横の松江豊寿大佐顕彰碑を見学しました。

 

(この大佐の居宅があった場所から板東俘虜収容所まで

馬で通っていたという大佐の雄姿が浮かびました。)

 

藍場浜公園で阿波よしこのの名手、お鯉さんの石碑や

俳人の高井北杜、今枝蝶人の句碑の解説を聞き、西船場

に架かるあいせん橋を渡って春日橋へ。

岸風三楼の

「手をあげて足をはこべば阿波踊」

の句碑に、思わず足を運びながら新町橋たもとの野上彰

詩碑へ。

 

川端康成直筆の書

(虻は飛ぶ 金色に ああ アカシアの並木には

 朝の神神の化粧がこぼれてゐる)

の前で、野上彰の長女藤本ひかりさんから

「幼い頃父について川端邸によく遊びに行った」との思い

出をお聞きしました。

(親しみと懐かしさが込み上げてきました)

 

船場の鳥居龍蔵生誕地碑を見てふれあい橋を渡り、瀬戸内

寂聴 文化勲章受賞記念のオブジェで終点となりました。

 

約2時間かけて九つの橋を渡りました。

残念ながら願い事をする間はありませんでしたが、徳島市

観光の一つとしていろんな橋の「ひょうたん島橋づくし」

を楽しんではいかがでしょうか。 ひょうたんひょうたんひょうたん橋ひょうたんひょうたんひょうたん

 

記事続き
タイトル
タイトル
「早寝 早起き 朝ごはん」 子どもの成長 生活習慣大切!
記事本文

2018.4.22付 徳島新聞「読者の手紙」

 

  ごはん子どもの成長 生活習慣大切ごはん

                         鈴木綾子

 

学校評議員に委嘱された小学校の入学式に参列しました。

6年生と手をつないで入場する1年生の表情がまぶしくて、

思いっきり拍手を送りました。

 

学校生活の中で、子どもたちの健やかな成長のためには、

家庭での規則正しい生活習慣が大切だとつくづく思いま

す。 

近年、子どもたちの生活習慣の乱れが学習意欲、体力、

気力の低下要因の一つとして指摘されているからです。

 

文科省は平成18年に「子どもの生活リズム向上プロジェ

クト」を立ち上げ、国民運動として「早寝早起き朝ごはん」

を推進する全国協議会を設立しました。

 

これは単に個々の家庭や子どもの問題として見過ごすこと

なく、社会全体の問題として、子供たちの生活リズムの向

上を図ろうとするものです。

 

朝食を毎日食べている子どもと、食べていない子どもを比

べると、学力調査の平均正答率や、体力に、大きな差がで

ているのも事実です。

 

また睡眠は心身の疲労を回復させると共に、脳や体を成長

させる働きがあり、朝の光を浴びると脳内ホルモンが活発

に分泌され、頭がすっきり目覚めて集中力が増すのです。

 

働きながら子育てをしている若いお母さんのご苦労は大変

と思います。

子育てを終えた団塊の世代も「早寝早起き朝ごはん」の意識

を持って、何らかの応援ができればと思いました。ごはん

 

記事続き
タイトル
タイトル
阿波の観光かるたを楽しもう!
記事本文

    阿波とくしま観光かるた

  監修:財団法人徳島県観光協会

徳島新聞「読者の手紙」2018.4.4付

 

き 阿波の観光かるたを楽しもう き

 

                             鈴木綾子

かるたと言えば、お正月にこたつの中で、「小倉百人

一首」をするのが幼い頃からの定番でしたが、季節に

関係なく、年齢にも関係なく、先日女子会の後でかるた

を愉しみました。

それは県観光協会製作の「阿波とくしま観光かるた」

で赤と青の二種類がセットです。

 

あまり知られていないと思いますが、県内のあらゆる

観光地88カ所が歌われていて、読み札を読み上げる

たびに、年を忘れて絵札を取り合いました。

「行ったことないわ」

「また行こうよ」

「ずいぶん昔に行ったなあ」

など、一枚ごとに意外なほど盛り上がりました。

例えば

「あ、阿波藍の歴史と文化の藍の館」

「い、彩りは上勝町のお家芸」

「う、渦潮が眼下に見える渦の道」

「え、エル・イー・ディー阿南は光で町づくり」

「お、大浜(海岸)はアカウミガメの産卵地」

と、だれもが知っている所です。

 

県外から友人や親戚が来県した時、このかるたをすれ

ば、「観光案内ができる」というのがみんなの感想で

した。

読み札一覧表の裏には地図も載っていて、楽しみなが

次の観光地を決める参考にもなるのではないかと、

期待しています。

「江戸時代こども遊び大辞典」によると、かるたは

16世紀後半に西洋から日本に伝来、ポルトガルの

カルタが語源」といいます。

年がら年中多忙な中でも、老若男女を問わずかるたを、

楽しむゆとりがほしいですね。ハート

 

記事続き
タイトル
タイトル
徳島新聞に応募要項が掲載されました!
記事本文

「徳島新聞」2018.3.30付 文化面

 

「阿波の歴史を小説にする会」初代会長の田中富雄氏

生誕100年にあたる本年、新たに四賞を設けました。

あなた様もぜひ、ご応募ください!

心からお待ちしています!

 

メダル 徳島新聞社賞

メダル 四国放送賞

メダル 徳島県観光協会賞

メダル 全国徳島県県人会連合会賞

 

昨年、第2回の公募では、県内はもちろん、

県外から第1回を大きく上回る応募があり

ました。

嬉しい10代の若い人から、女80代の先輩者まで、

10・20・30・40・50・60・70・80代まで

幅広い年齢層から応募して下さったことが、

この読書感想文公募の魅力でもあります。

 

樹阿波とくしまの歴史を知り、ふるさとに

誇り持っていただけることが、私ども願い

ですりぼん

 

記事続き
タイトル
タイトル
第3回読書感想文募集・阿波の歴史小説「阿波の生業」
記事本文

第3回 読書感想文 応募要項

阿波の歴史を小説にする会では、昨年に引き続き

第38集「阿波の生業」の「第3回 読書感想文」の

公募を行うことになり、この度、応募要項ができ

上がりました。

 

本年は「阿波の歴史小説」の創始者であり、初代

会長の田中富雄の生誕100年に当たります。

この節を記念して、読書感想文の賞に新たな4団体

の賞を新設することができました。

 

メダル 徳島新聞社賞

メダル 四国放送賞

メダル 徳島県観光協会賞

メダル 全国徳島県県人会連合会賞

 

どうぞふるって応募してください!

 

記事続き
タイトル
タイトル
阿波の歴史小説、鈴木綾子作「阿波の粋人」最終回です。
記事本文

阿波の歴史小説 38「阿波の生業」

 

第4回 3/25 日曜日 あさ8:10〜8:30

四国放送ラジオ1269 ふるさとラジオ小説

 

鈴木綾子作「阿波の粋人」

     ---阿波藍商人 三木與吉郎

すでに3回をお聞きくださりありがとうございます。

いよいよ最終回です!

 

福井和美アナが朗読してくださいます。

日曜日の朝 8時10分から20分間です。

お聞きくださるととても嬉しいです。👧

 

鈴木綾子作「阿波の粋人」

        ---阿波藍商人 三木與吉郎

 

阿波の藍商人として300有余年に亘って、徳島の産業に

貢献した三木家、代々三木與吉郎を襲名しているが、

とくに13代眞治(まさじ)に光を当てた作品です。

最初と最後の部分を、ご紹介させていただきます。

まずはお目通しくださいませ!

 

鈴木綾子作 「阿波の粋人」---阿波藍商人 三木與吉郎

 

 

「何と美しいブルーの国だろう。全国いたる処で、だれもが

ブルーの衣装を着ている。家の軒先に掛かっている布も

ブルー、みんな鮮やかなブルーだ」
 明治七年(一八七四)、イギリスより来日した化学者

ロバート・ウィリアム・アトキンソンは興奮気味であった。

目にするブルーの色が天然の阿波藍で染まっている

ことを知り、強く心を惹かれたようだ。当時ヨーロッパでは、

天然藍はすでに失われていたという。アトキンソンは呟いた。
「ジャパン・ブルー……」


中略

 

第十三世三木與吉郎眞治は、三十五歳にして三木家を相続。

三十九歳で衆議院議員になり、四十二歳で終戦を迎え、戦後

の混乱期を乗り越え、五十歳で参議院議員となり、六十八歳

惜しまれつつ引退した。

その後、余生はふるさと徳島で過ごした。

昭和五十六年(一九八一)、眞治は「阿波藍、永遠なれ」と

念じつつ、この世の使命を終えて旅立った。七十八歳であった。 

 

「いつぞやのお彼岸さんに、徳島の松茂の本宅にお邪魔した

んです。そのとき眞治先生は、先祖代々の肖像画ひとりひとり

にお膳を供えられ、その前に端然と座られて、ご先祖に話し

かけられておられるんです。

その姿を拝して、「はっ」としました。

「ああ、ここに眞治先生の人生すべての原点がおありなんだ」

と。

眞治先生は不思議な方でした。

どんなときも怒った顔を見たことがありません。招待された

お客さんの細かいところまで気を配られて……、こういう人

を、本当の「粋人」と言うんでしょうね」

 

同じ郷土出身の日本舞踊家、武原はんは懐かしそうな眼で空

を仰いだ。

暮れなずむふるさとの空が、ジャパン・ブルーに染まってい

った。 

                       ✿おわり

 

  

 

記事続き
タイトル
タイトル
「阿波の歴史小説」の魅力を語ります!
記事本文

      苺鈴木綾子のエッセイリボン

「阿波の歴史小説の魅力」

            

郷土の歴史を小説にして、毎年発刊しているという

のは、全国でも珍しいそうです。

「阿波の歴史小説」は阿波の歴史を小説にする会が、

昭和55年に創刊しました。

ふるさと徳島の歴史上の出来事や人物を、史実に基

づいた小説にして毎年一冊ずつ発刊しています。

今までに取り上げた人物は、有名無名に関わらずざ

っと370人に上ります。

 

私は林啓介先生に勧められて、平成17年から書きは

じめたので、まだまだ未熟ですが、ふるさと徳島が

大好きで、阿波の歴史を繙くようになりました。 

 

何を書くか、だれを書くかが決まったら、一番にお墓

参りをさせていただきます。そこで初めて先人に出会

った気がします。次に、子孫の方に取材をしたり、図

書館等であらゆる資料を探して読み込みます。

その人物の人間性や生き方が分かってくると感動します。

とりつかれた様に主人公との対話が始まります。

私の場合はここまでが五割です。

 

後の五割でいよいよ文章を紡ぎ出していくのですが、

その苦しみと嬉しさは、何ものにもかえがたい魅力なの

です。主人公を蘇らせて、平成の舞台に登場していただ

きます。作品ができたら、会員同士で意見や感想を述べ

合い、さらに推敲を重ねて仕上げます。

 

毎年、年の瀬に本屋に並んだ「阿波の歴史小説」を眺め

ると、わが子のように愛おしく、本を手に取って下さっ

た方が、先人たちの歴史から何かを学び、ふるさとに誇

りを感じていただけると、もう作家冥利につきます。 

 

四国放送ラジオでは、「ふるさとラジオ小説」という番

組で、毎週日曜日の朝(8:10〜8:30)、福井和美

アナが「阿波の歴史小説」を朗読して下さっています。

そのお蔭で県民の皆さまに広く親しまれるようになりました。

 

また本の装丁画は飯原一夫先生(徳島文理大名誉教授)

がボランティアで、二十余年に亘って、懐かしい阿波の

風景を独特の色調で描いて下さっています。

創立者で初代会長の田中富雄さん、二代会長の西条益美さん、

直木賞候補の中川静子さん、芥川龍之介賞候補の岡田みゆき

さん、三代会長の林啓介さん、すでに皆さん旅立たれました

が、創立以来ずっと健筆を揮っているのは、現会長の竹内菊

世さんお一人です。延べ百人近くの会員の努力の積み重ねが

あって、37年間途絶えることなく続いてきたと思うと、胸が

熱くなります。

 

現在会員は十人余りですが、各自が一年間にひとつの作品

(400字詰原稿用紙30枚)仕上げます。自費出版です

ので、出版費用は会員の負担です。『いつか原稿料をいた

だけるようになりたい』との夢もないわけではありません

が、何よりも今年の「阿波の生業 ( なりわい ) 」に、必死

になって取り組みました。。

 

昨年の「阿波の地名の物語」で、私は小松島市出身の飛行

士・幾原知重さんを取り上げて、「イカロスの白い翼」と

題して登場していただきました。

 

知重はアメリカに渡り、アメリカ航空産業のパイオニア、

グレン・ハモンド・カーチスの飛行学校で学び、大正2年7月、

「米国一等飛行士」と「万国飛行免状第二四四号」を取得し

ます。直ちに米国陸軍少佐の資格で、ブラジル国陸軍飛行学

校の教官に採用されるのですが、家族に報告のため帰国した

折、大阪朝日新聞社から、日本の民間航空界が低迷している

ので奮起させてほしいと頼まれます。

知重は「日本の民間航空界の未知の世界を切り拓く」と決意

し、ブラジル行を諦めるのです。

 

大正2年12月15日、徳島毎日新聞社の後援を受け、カーチス

機を購入し、徳島県初の「小松島郷土飛行」を開催。

しかしエンジンの故障で不時着し、その時の負傷が元で27歳

で亡くなられたのです。

 

フランスで万国飛行免状を取得した滋野清武氏は、「カーチス

式は米国においては第一流の飛行機であるが、欧州に於いては

三流の飛行機と言はねばならぬ」と断言しています。

当時(大正元年)、我が国における飛行機の所有数は官有で13機、

私有でわずか二機であったのに対して、フランスの所有機数は

すでに834機であったという訳です。

 

世界の飛行士を調べました。フランスのソフィー・ブランシャ

ールは、女性で初めて気球に乗り、60回以上の飛行を行ったが、

1819年にパリで公開飛行中、墜落して即死。

 

ドイツのオットー・リリエンタールは独学でグライダーを制作し

七年間に二千回の飛行実験をしたが、実験中に墜落して死亡。

「犠牲は払われなければならない」と言い残す。

 

アメリカのライト兄弟は、リリエンタールの業績に感動して飛

行機の発明を志し、1903年、世界ではじめて有人動力飛行に成功。

「飛行機はきっと空を飛ぶと確信していた。私には、女房と飛行

機両方のために費やす時間はない」と言ったライト兄弟は、生涯

独身を通しました。

 

ともあれ世界の先駆者と同じく高い理想を掲げて使命に生き、

若くして大空に散った生原知重さんから学んだことを、作品の

中でお伝えしたかったのです。

さて今年の「阿波の生業」は阿波藍商の三木與吉郎を書きました。

 

生業 ( なりわい ) に貴賤はないけれど、生き方には貴賤があるね」

―勝海舟の声が聞こえてくるようです。

記事続き
タイトル
タイトル
バレンタインデーに嬉しい徳島新聞「読者の手紙」
記事本文

2018.2.14 徳島新聞「読者の手紙」

 

 夫婦の思いが詰まった冊子

               鈴木綾子

香川県の友人から「夫婦で共に綴った投稿106通」

という冊子を送って下さいました。

100通を目標に、この十年間で新聞や雑誌などに

投稿して掲載された奥さんの79通とご主人の27

を、ご主人がワープロを打って製本されたそうです。

 

今年80歳になられるご主人は前書きに、「妻の体調

が不調で外出もままならず、また右手の指が激痛で、

ペンも握れない中、必死に原稿用紙に向かって現状を

打破したいと投稿に取り組む姿に、自分も共にと投稿

し始めた」と綴られています。

 

ご夫妻共に病気と闘いながら投稿に挑戦し、プラス思

考で綴られた文章は、清らかな心と勇気を与えてくれ

ました。

その中に徳島新聞「読者の手紙」に掲載された記事が

10本あって、阿波踊りや阿波の方言、阿波の歴史な

どについて真摯な思いが綴られています。

 

奥さんの亡きお父さんが徳島出身という縁を大切に

されていたのです。

 

最後のページは昨年10月「阿波の歴史小説」37集で

「阿波の地名の物語」の読書感想文に応募し、見事入賞

された感想文と表彰状が掲載されていました。県立文学

書道館での授賞式に出席できなかった残念な気持が、見

事に昇華していると感じました。

 

140呂虜子を読み終わった時、徳島を愛して下さる

ご夫妻の真心に胸が熱くなっていました。

 

 

記事続き
フッター
コピーライト
This template is made by CYPHR. (C) 2018 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.